4月1日に新元号が閣議決定して新元号は「令和」決定しましたね。
なので、日本では2019年5月1日から平成が幕を閉じ、令和時代がスタートします。
では、この「令和」の名前の由来とは何なのでしょうか?
今回は、新元号の令和の名前の由来や決まった理由を簡単にわかりやすく解説したいと思います。
目次
新元号の令和の名前の由来は?
出典は万葉集の梅の歌から
今回発表の新元号「令和」は奈良時代に完成した日本最古の歌集“万葉集”からの典拠です。
万葉集の32首の序文にある、
「初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香(こう)を薫す」
から引用したとのこと。
「令和」はなぜ万葉集から?
平安時代に書かれた万葉集は、豊かな文化と長い歴史を象徴していて、一般庶民も含め幅広い人の歌が収められており、防人から農民、皇族と幅広く親しまれた歌集であること。そして、万葉集は四季折々の日本らしさが描かれており、「日本らしさ」という文化を引き継いでいくべきということから万葉集からの採用となりました。
日本の国書からの採用は初!
これまで、日本の元号は中国古典から採用されていました。
日本の元号は、出典が明らかなものに限り全て漢籍(中国の書物)を典拠として採用されていましたが、今回の「令和」ですが、日本で記された国書(日本古典)からの採用は確認できる限りでは初めてのことだとか。
中国古典から典拠された元号では、政治や国のあり方を示したものが多かったのだが、今回の「令和」は国民のあり方や自然を示したもので、中国の文化を離れ、“日本国民のあり方”を表した意味合いが強いのではないでしょうか?
新元号「令和」の考案者は?
6つあったとされている新元号の候補のうち、新元号に採用となった「令和」の考案者については明らかにしないという発表が安倍総理の方からありました。
この理由については、考案者が希望していないことに加え「考案者を明らかにすれば、新元号と特定の個人を結びつけられて強調されかねない」と説明されました。
新元号が令和の意味や理由は?
日本の未来を願った意味がある
新元号「令和」には、“人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つ”という意味が込められています。
安倍総理は会見で「令和」の意味を「悠久の歴史と薫り高き文化、四季折々の美しい自然。こうした日本の国柄をしっかりと次の時代へと引き継いでいく。厳しい寒さの後に春の訪れをつげ、見事に咲き誇る梅の花のように一人一人の日本人があすへの希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる。そうした日本でありたいとの願いを込め、『令和』に決定した」と語りました。
災害の多かった平成を乗り越え新しい時代へ
この令和の典拠元の万葉集32首の序文の梅の歌を現代の言葉で訳すと、
「(長い冬の後の)初春に咲く梅や蘭のようにそれぞれの花を咲かせよう」
という意味があり、安倍総理の言葉からも平成は災害が多い時代だったことから辛い時期を耐え、人々が心を一つにして希望あふれる時代にしようという意味が込められていると感じますね。
この梅の花の歌を採用したのも、美しい自然、国柄をしっかりと次の世代へ引き継いでいくという将来、日本を背負って立つ日本の若者の未来を願ったことが挙げられていること、梅の花のように花を咲かせられる日本でありたいという国民一人一人が花を咲かせることができる時代(一億総活躍社会)を作り、希望に満ち溢れた新しい時代を切り開いていくという願いが込められ策定されました。
「令和」は人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つ
新元号発表の4月1日からは、働き方改革のスタートし、70年ぶりに労働基準法が大改革されます。それと同時に急速な少子高齢化が進み、世界が凄まじいスピードで変化していく中で、日本という国自体も変わるべきところは変わって行かなくてはなりません。
そういった意味でもこの新元号「令和」は日本の将来を願った元号とは言えないでしょうか?